◇◆げねらる・ぱうぜ◇◆

音楽雑感



ホルンパートの松崎です。思いつくままに理屈っぽいことを書きました。

興味がありましたら暇つぶしに読んでみてください。



1. ナチュラルホルンについて


オケアンホルンパートの強力助っ人K氏とその友人が、時々変わった形のホルンを持ってきて、 我々団員がそれを借りて吹いて喜んでいたのを覚えていますか?

あの、真鍮の管がぐるぐる巻いただけの、バルブキーがついていないホルンをナチュラルホルンといいます。

今のホルンの原型で、19世紀の終わり頃まで使われていました。

別名をヴァルトホルンといいますが、ドイツ語で森のホルンという意味です。

なぜ森かというと、中世のヨーロッパでハンティングの道具として使われたためで、 偵察役の人がホルンを肩から掛けて先に森の中に入り、獲物を見つけると、 これで合図の音を出して後から来る殿様に知らせる、という使い方をしました。



ところで、オーケストラの全ての楽器の中でホルンが特に変わっている点は、 客席の方を向いて演奏した場合に音が後ろに向かって出ることです。 このために本番ではいつも苦労します。

つまり他の楽器とタイミングを合わせて吹いても、自分の位置から舞台奥の反響板までの距離の往復分、 音が遠回りしてから客席に届くために、ホルンだけ遅れて聞こえるのです。
(往復30mあるとすれば、約0.1秒も遅れます。ヘタなせいもあるのですが・・・)


 
しかし、狩りに使うには便利な形です。相手の動物から目を離さないで、後から来る殿様に向かって 音を出して合図することができますから、せっかく見つけたのにまた見失うという心配がありません。




2. 自然倍音について


バッハ、ハイドン、モーツアルトはもちろん、ブラームスの時代までナチュラルホルンは愛用されました。
(バルブ付きのF管を使い始めたのはチャイコフスキーあたりから)音の高さを変えるバルブがついてないのに、 どうやって音楽を演奏できるか?という謎にせまります。

ナチュラルホルンの構造はただの長いパイプで、先端がアサガオのように広がっており、 唇の振動により生じた音が増幅されるという単純な原理で音が鳴ります。

管の長さによって共振する周波数が決まっており、たとえばA管(イ長調の管)の場合約3.1mです。
(理科で習ったように、音速340m÷周波数110ヘルツ=波長約3.1m)
F管なら約4.1m、C管は約5mというように、調によって長さの異なる楽器を使いますが、 実際には管の途中が差し替えられるようになっているので、楽器が何本も必要なわけではありません。

この管を使って、以下のような自然倍音を鳴らすことができます。

 ◎管の全長を波長として振動する音を基音といいます(一番下のド)
 ◎ 1/2を波長として 〃     2次倍音  (オクターブ上のド)
 ◎ 1/3 〃     〃     3次倍音  (不思議なことにソ)
 ◎ 1/4 〃     〃     4次倍音  (オクターブ上のド)
 ◎ 1/5 〃     〃     5次倍音  (不思議なことにミ)
 ◎ 1/6 〃     〃     6次倍音  (3次の上のソ)
 ・  1/7 〃     〃     7次倍音  (シ♭とシの間の音)
 ◎ 1/8 〃     〃     8次倍音  (次のド)
 ◎ 1/9 〃     〃     9次倍音  (不思議なことにレ)
 ◎ 1/10〃     〃    10次倍音  (5次の上のミ)
 ・  1/11〃     〃    11次倍音  (ファとファ♯の間の音)
 ◎ 1/12〃     〃    12次倍音  (6次の上のソ)
 ・  1/13〃     〃    13次倍音  (ラより少し低い音)
 ・  1/14〃     〃    14次倍音  (7次の上の変な音)
 ◎ 1/15〃     〃    15次倍音  (シ)
 ◎ 1/16〃     〃    16次倍音  (一番高いド)

このように、低いオクターブではとびとびの音しか出せませんが、上に行くほど音の数が増えて、 一番上のオクターブでは何とかドレミファソラシドに近い音が存在し、 これをアサガオの部分に差し込んだ右手のかぶせ方を変えることで音程を調整して演奏します。
(ふさぐと音程が下がり、解放すると上がる)

そして、この倍音のうち◎をつけた音は、純正律を満たしています!




3. 純正律について

  
西洋音律の内、一番古いのは古代ギリシャのピタゴラス音律といわれています。

ドとソの振動数の比率は2:3であり、心地よくハモるため完全5度といわれますが、 これを積み重ねて作ったのがピタゴラス音律です。

すなわち、ドの5度上にソを決め、ソの5度上にレを決め、レの5度上にラを決め、 ラの5度上にミを決め、・・・・これを12回繰り返して12音が決まります。
(アレレ、この話、何かと似ている?そうだ、弦楽器の調弦のしかたと同じだ・・・!)

ところがこの音律は、ド−ミの周波数の比率が64:81となるため、長3度の響きが汚いことが欠点で、 これに自然倍音の比率を取り入れて修正したのが純正律です。


純正律とは、ドミソ、ファラド、ソシレの3つの音がそれぞれ4:5:6の 周波数比率で成り立っている音律で、これらの和音は完全にハモります。 ちなみにド−ミの比率は4:5すなわち64:80となり、きれいな響きとなります。

余談ですが、ヴィオラのCと、ヴァイオリンのEはそもそもハモらない!?

前述ナチュラルホルンの自然倍音のうち、ドミソは4:5:6なので純正律を満たします。

また、ソシレのうち(シの音はないので)ソレの比率は、6:9なので4:6と同じであり、 やはり純正律を満たします。



ところで、先ほどの自然倍音の中には、まともなファとラがないので、ファラドの和音は吹けません。

今回のモーツアルト・ベートーベン・シューベルト3曲ともにホルンパートは本来ナチュラルホルンで 書かれた曲ですが、ファラドの和音の所にホルンは登場しません。

そこで考え出されたのが、4度高い調のホルンを2本追加して4管編成とし、 ファラドの和音は4度高いホルンでドミソと吹かせて出すという作曲方法です。

典型的な例に、ウエーバー作曲魔弾の射手序曲があります。
低弦の序奏に続いて、C管ホルンで有名なハ長調の二重奏が始まりますが、 5小節目だけF管ホルンと突然交替します。
F管の楽譜にはソ−ミ−ドミと書いてあり、そのように吹くとハ長調の中ではド−ラ−ファラと 聞こえるという仕掛けになっています。

周波数比率は4:5:6なので純正律を完全に満たしています。


このほか、古典派・ロマン派の作曲家はそれぞれナチュラルホルンの使い方に工夫を凝らしました。

極限まで凝った使い方をしたのがブラームスで、たとえばニ長調の交響曲の中でD管ホルンと 二度高いE管ホルンを併用し、E管にドレミファソと吹かせてニ長調のレミファソラとして使う、 さらに別な調のホルン同士出せる音のみ掛け合いで使って1つのメロディーを吹かせるなど、 常識では考えられない(知らないと絶対に初見で吹けない)作曲をしています。

実は、18世紀中には既に、バルブ付きの自由に音を変えることができるホルンが存在していたそうですが、 誰もそれを使わずに、不便なナチュラルホルンになぜこだわったのか、不思議なことです。




4. 音程の良し悪しについて


ところで、純正律は、響きは理想的なのですが、ハ長調で調律するとヘ長調とト長調でしか成立しない という欠点があるため、その他の調への転調はできません。ピアノのように簡単に調律できない楽器では 大変不便なことです。

そこで、オクターブを12のピッチに等分して半音を決めどのような調でも周波数比が変わらないように したのが平均律です。

近似的な音階なので、純正律に比べて長3度が広く(ミが高い)、 短3度が狭い(ラが高い)などの欠点があり和音は若干汚くなりますが、 汚さの程度は全ての調で均一なため、どのような転調も可能で、18世紀から一般化しました。



ピアノにかかわらず、多くの楽器は、どの調でも演奏できるような仕組みに改良すると、 一般的に音程は悪くなるようです。

ホルン・トランペットなどの金管楽器の場合、中指キーを押すと短い迂回路を通って半音低くなり、 人差し指キーを押すと長い迂回路を通って全音低くなる、 というように音の高さを変える仕組みになっています。

そして人差し指キー・中指キーを同時に押して一音半低い音を出すのですが、 これでは一音半低くするために本来必要な長さよりも短くなるため、 基本的に正しい音程をとることは不可能です(トロンボーンなら可能です)。

この音程の悪さは純正律・平均律どころの話ではないため、吹き方でなるべくごまかしますが、 ごまかしきれない場合は回りに多大の迷惑をおよぼします。



古典派・ロマン派の多くの作曲家がナチュラルホルンにこだわったのは、 結局自然倍音に含まれる純正律の美しさを大切にしたからでしょうか。





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